小田切 寛 JEC理事長
2014.6.15

今から7年前のある晴れた秋の日、私は薪割りの手を休めて、
丸太に座り休憩をとっていました。
ヒンヤリとした秋の冷気が心地よい静かな午後の一時でした。
 
すると10メートルほど先の木立の中から、ガサガサと落葉が擦れる音が
聞こえてきました。
「なんだろう」と聞き耳を立てましたがすぐにわかりました。
「あれはキジが歩く音だ」と。
フと思いました。キジと遊んでみようと。
 
そこで、「ク~、クック、ク、ク~」と鳴き声を真似て呼びかけてみました。
すると、なんとむこうでも「ク~、クック」と鳴きはじめたではありませんか。
「よし、近くに呼んでみよう」とキジになったつもりで鳴き声を続けました。
むこうもさらに反応します。だんだん近づいて来ました。
ついに姿が見えました。
 
尾羽がスマートな雄のキジでした。
ユックリと落葉の中をついばみながら、1メートルほど目の前にやって来ました。
「ク~、ク~~、クク」と鳴き声の調子を変えながらキジに呼びかけます。
キジは悠然として私の前で落葉をひっくり返しながら、「ク、ク、ク~」と鳴いています。  
 
逃げようともせず時々私を見上げます。
赤い顔と胸の緑のコントラストが美しいキジです。
お互いにまるで仲間と会話をしているようでした。
身体が冷えてきました。また薪割りをしなければなりません。
「もう、楽しんだよ。薪割りするからあっちへ行きなさい」。
バイバイと手を振ると、ガサガサと音を立てながらユックリと木立の中に消えていきました。
 
時間にして15分くらいでしょうか。
私にとって夢のような一時でした。
富士の北麓の森の中に8年前に定住して、2年目のできごとでした。
 
私は、子供の頃から内に籠るほうで、人に対してはあまり自分を開放しない性格でした。 
シニアの年齢になってから、もっと感性豊かに、人と感覚を共有できる人間になりたいと思うようになりました。
 
そこで、妻とも相談し、思い切って富士北麓に移住することにしたのです。
標高1100メートルのこの場所はいろんな新しい体験を与えてくれました。
 
そして、本当の美しさは厳しさの中にあるということにも気づきました。
冬はマイナス20度近くになることもあり生活は一気に厳しくなります。
薪割り、雪かきなどはかなりの重労働です。
 
しかし、冬の森は落葉が落ちて明るくなり、枝に付いた氷が太陽を受けてキラキラと光る様や、夜の鮮やかな星の輝きと月の神々しさを見ると息を飲むほどの感動を覚えます。
「素」の美しさと言っていいかもしれません。
 
四季を通じて、妻とは「勿忘草が咲いたよ、青の色は深みがあっていいね」。
「寒いわよ、もっとストーブを暖かくして」
「あれは鹿の鳴き声だ。花が食べられないよう様子を見にいこう」
などと、感覚情報を交換しながら生活するのが自然になっていったのです。
あんなに口喧嘩していたのに、いつのまにかその数が減りました。
お互いを助け合うパートナーとして認めないと、やっていけない二人がいました。
 
私たち夫婦には孫が3人います。
遠くに住んでいるのでなかなか会えないのですが、大きい二人(10歳と8歳)が
夏休みや春休みにやってきます。
 
私たちは「お山のジージ、バーバ」と呼ばれています。
二人が山にやってくるときに心がけていることがあります。
二人と話すときは「子ども扱いするのではなく、感覚を大切にした会話をやってみよう」という想いです。
 
少々努力が必要ですが、会話の中では、「きれい」、「楽しい」、「怖い」、「寒い」、「暖かい」、「気持いい」などの言葉を繰り返すことになりました。
結果として子どもたちと会話の場面を共有することになり、大人の私たちも会話を楽しむことができるようになっていきました。
 
この4月に二人が泊りがけでやってきました。
玄関の扉を開けるなり、二人とも「わ~、お山の家の匂いだ!」と歓声をあげました。
私は聞きました。
「お山の家の匂いをかぐと、どんな気持になるの?」。
上の子が答えました。
「ジ~ジ、お山の匂いをかぐとなんか気持がよくなって安心するんだよ!」
下の子もうなずいていました。
どんな匂いかわかりませんが、私と妻は顔を見合せて思わずニッコリしてしまいました。  
どうやら子どもたちと気持が通じ合っているようです。
 
緑が日一日と濃くなっています。
我家には癒しを求めて来られるお客さまが増えました。
お客さまと一緒に森を歩くとき、五感を広げていただくようにしています。耳を傾けて鳥の鳴き声を聞き、小さな野草の花を虫眼鏡で観察し、森の空気を深く吸い込むときに、多くのお客さまは懐かしい感覚を思いだし、ありのままの自分を感じているようです。
やっぱり自然はいいなと感じています。
 
あのキジとはあれから遭遇していません。何処にいるのでしょうか。
あの体験は私にとってとても意味あるものになっています。