岩瀬 琢郎 JEC理事
2013.9.15

もう10年位前ですが、
ある国際交流財団の理事をしていた友人から依頼を受けて、
中国からの女子留学生をホームビジットで我が家に迎えました。
心良く引き受けたものの、このようなことは我が家にとって初めてのこと。
言葉は?食事は?話題は?と心配になることがいっぱいでした。
でも、事前の連絡で彼女と電話で話をした時に日本語がとても上手だったので、
まずはひと安心。
家内や子供たちに協力を求めて、あれこれ相談しながら準備を進めました。
 
当日は我が家の近くの私鉄の駅で待ち合わせました。
初対面なのに、なぜか顔を見ただけで、お互いが分かり、
それだけでホッとした空気を共有することができました。
気さくな彼女は、家族にすぐに打ち解け、家内の手料理でおもてなしをしました。
和やかな雰囲気の中で、交流が始まりました。
 
彼女のお父様とお姉さんが、日本への留学経験を持つ知日派であることにまずびっくり。
その影響もあったのでしょうか?彼女は、小さい頃から日本の文化に憧れがあって、将来アジアの中で活躍するためにも日本で勉強したいという夢を抱き続けていたそうです。
北京大学への推薦入学が決まっていました。
それでも自分の夢に近づくため、中国では出来ないことを学びたいという気持ちが強く留学を決心したそうです。
随分悩んだのだろうと思いますが、ご家族に両手を挙げて賛成してもらえたことが、大きな勇気になったようです。
 
彼女は、私が産業カウンセラーの資格を持って仕事をしていることに大変関心を示しました。
というのも、彼女は心理学を勉強したいという思いがあって、心理学部への進学を考えた時期があったとのことでした。
中国でも「メンタルヘルス不全者」が増えており、
今後、その予防体制づくりが中国の人にとって大切なこと……と感じているとのことでした。
 
我が家は家内もカウンセラー。
娘も臨床心理士の資格を持って仕事をしているちょっと変わった家族です。
話は盛り上がります。
翌年に横浜で開催された(社)日本産業カウンセラー協会の全国大会に、彼女を招待することにしました。
私自身は、実行委員の役割を抱えていたので、家内にエスコートを依頼し、
懇親会では協会の幹部や私が親しくしているカウンセラー仲間を紹介して、交流を深めてもらいました。
 
彼女は、日本での生活が長くなるに連れて、どんどん日本が好きになり、
もっと日本を理解したいと考えたようです。
大学院を卒業後、帰国もせずに日本企業への就職を選択しました。
一流企業で中国ビジネスの担当部に所属し、今では言葉、情報、人脈、マネジメント
など、会社にとってなくてはならない人材として、管理職に登用されて活躍しています。
ホームビジットで縁が出来て以来、私たちは毎年定例的に彼女を食事に誘って、
交流を続けています。
 
仕事のことやその時々のトピックスの他、彼女の活躍を聞かせてもらうのが楽しみです。
仕事を一生懸命にやるだけでなく、職場の人間関係や周囲の人の悩み事などにも気を使っている様子は、私たちを安心させてくれます。
いつも、すぐに時間が過ぎてしまって、名残惜しく別れますが、彼女もこの食事会を本当に楽しみにしてくれているようで、財団の記念誌にも私たちとの交流を思いを込めて書いてくれました。
 
今年も3人で食事をした際に、家内が「うちの三人目の娘のように思っているのよ」
と言った時の彼女の嬉しそうな顔が、とても印象的でした。
このところ軋みが大きくなっている日中関係ですが、私たちはこの小さな交流が少しでも、
日中の掛け橋になってくれればと願っているところです。