荒木 直紀 JEC理事
2012.2.15

午前3時半。
見渡す限り、薄暗い海面しか見えません。
ゆっくりと東の空から太陽が昇りはじめました。
水平線が見えてきました。
水面が徐々に赤く染まり始め、様々な形をした雲がピンク色になってきました。
ゆっくりと動いていく雲を、じーっと見ていると光と影の角度の変化により、ピンクとグレイのコントラストが実に美しく、感動を覚えます。
全てが、なんとゆっくりと動いているのでしょうか。
始めは太陽の昇る速度の遅さにイライラしていましたが、1時間も経つとこのスピードが心地よく感じられるようになってきました。
 
私は、液化天然ガス(LNG)を運ぶ大型特殊タンカーの最上階操舵室横のデッキで、大海原の朝のさわやかな風を受けながら、日の出を見ています。 
水平線上に太陽が全て顔を出すまでの約2時間の間、ただただ、海と空と雲の色が黄色からピンク、赤、そして本来の白と青に変化していくのを見つめていました。
日の出後の真っ青な空と、濃紺の海の色のコントラストも、心の癒しになります。
頭の中が空っぽになり、心が洗われる思いです。
場所はフィリピンの北、南シナ海です。
 
前日、夕方ボルネオ島の北西部にあるビンツル港を出港しました。
乗船して直に、船長以下約30名のクルーによる避難訓練が行われました。
これは火災、船の転覆事故の想定よりも、海賊に襲われた場合の訓練が主な目的でした。  
この頃、南シナ海で海賊船に襲われる事件が頻繁に起きていたためです。
全長290メートル、幅45メートルの大型船なのに、たった30名しかいない乗員で、自分はどこへどのように逃げるのか、自分の班をどのように見つけるのか、汗だくになりながら真剣に訓練を受けました。
 
南シナ海を出るまでは、海賊に見つからないように、夜でも部屋の灯りもつけてはいけない規則になっていました。こうして緊張の第1日目は、ほとんど眠れず、早朝からデッキに出てみました。太陽が昇りきると、ぎらぎら照りつける太陽で、甲板は既に35度以上になっていて、ちょっと歩くだけで汗だくになってしまいます。
 
これから1週間の船旅です。毎日色々な作業が朝から晩まで続きます。
40度を越し、ものすごい騒音の機関室での作業、もっとも恐怖を感じた作業は、船底のバラストタンクの点検作業、甲板から船底まではビル5階から1階ほどの高さがあり、それを真っ暗な中、マンフォールから垂直にはしごを伝って降りるとても怖い体験でした。    
 
2日も過ぎると昼間の肉体作業で食欲も旺盛で、夜もぐっすり眠れるようになり、
3日目に夕日が沈むのをじっくり見たいと思い、夜8時ごろから再度最上階デッキへ出て、太陽が水平線に沈んで行くのを見ていました。日の出のときの気分と違い、とてもロマンチックな思いにかられました。茜色の雲は夕日が沈んで行く時の独特な色であることが改めて感じられました。
 
昼間の灼熱の太陽の下で規則に沿った手順で行う忙しい作業の後の極端なスローな時間の動きに始めはイライラしていましたが、やがてこのゆっくリズムが心地よく感じられるようになってきました。
明日は東京湾に入るという6日目の夕方、船長から
「台風が来ており、東京湾は全面クローズのため、あす1日伊豆七島沖で待機する」
と連絡がありました。
 
日本に近づくにつれ、船の揺れは大きく、夜、ベッド(ダブルサイズ)に入っても、
右へゴロゴロ、左にゴロゴロ転がり、とても寝られる状況ではありませんでした。
待機といっても停泊するわけではなく、結局一晩に6回、伊豆七島を南北に往復していたのです。
 
1日遅れの8日目にようやく東京湾に入ることが出来、東京ガスの袖ヶ浦工場の桟橋に午後着岸し、陸地に降り立っても体の揺れは収まらず、不思議な感覚でした。
これはとても貴重な2度とできない経験でした。昼間の忙しさと夕方から夜明けのゆっくりとしたリズムの変化、そして自分の知らない世界がこんなにもあるのかと改めて実感し、自分がこの世の中で小さな存在でしかないことを痛感した8日間でした。
 
この出張は50歳前にマレーシア国営石油のペトロナス、三菱商事、シェルの合弁会社(日本マレーシアLNG株式会社)へ業務・総務部長として出向した時に、天然ガスの採掘から精製・液化(マイナス169度で液化し、体積が60分の1になる)そして顧客に製品を受け渡すまでの一環業務を全て自分の目で見たいと考え、出張許可を頂き、体験したものです。
 
ボルネオの工場では、元人食い人種のイバン族の従業員とも親しくなり、その後、家族とも会ったりしました。現地には、人骨や頭蓋骨などをたくさん飾ったイバン族の博物館があります。
 
何故、今この体験を思い出して書いているかと言いますと、カウンセラーとなって、
多くの方々の心の痛み、悩み、不安を聴いていると、自分自身がこの地球上で、〈小さな小さな存在〉でしかないと言うことを、改めて実感しているからです。
 
人は1人で出来ることは本当に僅かです。
多くの人に支えられて生きているし、仕事でも同じことが言えます。
そんな訳で、自分とは如何に小さなものかを感じることが助け合いの心を持つ上で、とても重要です。
 
小さい自分を感じ取ることで、相談に来られるクライアントの心を広く深く見つめることができると、信念を持って来談者と面談をしています。
そうすることで、最近は初回の1時間たらずの面談でも、必ずクライアントの良いところ、長所を見つけられるようになりました。
 
皆さん、たまには広々とした自然の中に身を置き、大きな大地、大海原、大空をじ~と眺めて見てください。
きっと小さな自分を感じると同時に、大きな心を感じることが出来ると思います。
これが心の健康の源ではないでしょうか。