「やってみせ 言って聞かせて させてみて
          誉めてやらねば 人は動かじ (山本五十六語録)」

 MLBオールスターゲーム、注目のダルビッシュ投手は遂に登板なく、イチロー選手も不出場で、
TVを前に日本のファンとしては拍子抜けの結果に終わった。
日本のプロ野球はセ・パ両リーグ合わせて12球団から成るが、
MLBの全球団数は30で歴史の差と選手、ファンの厚みを感じさせる。
また日米の違いの一つが、監督(マネージャー)のキャリアである。
ご承知の通り日本のプロ球団監督は球界史上、往年のスタープレイヤーぞろいであり、
今シーズン唯一異色なのは、日ハムの栗山監督で、ヤクルトの外野手としてよりも、
野球解説あるいはテレビのコメンテータの印象の方が強く、
その意味からも今季の同監督の采配振りと戦績が注目されるところだ。
 一方、彼のMLBを俯瞰すれば、何とメジャーでのプレー経験ゼロの監督が6人、
その中には2011年アメリカンリーグの最優秀監督(2回目)や、ワールドシリーズ優勝1回、
最優秀監督3回受賞など輝かしい戦歴をもつ監督がいて、過去の栄光とは無縁だが、
チームマネジメントで特異の才能を発揮出来る場・ポジションが米国にはあることを思い知らされる。  
“名監督必ずしも名選手ならず”というわけだ。

 さて、ビジネスの世界に目を転じてみると、チームリーダーの条件は何か、を問われて久しいし、
社会環境の変化につれ、諸説も多岐にわかれる。
一般論でいえば「チームリーダーは、チーム全体の生産性を高める一方、
チームメンバーの一人ひとりに対して“動機づけ”を行い、その持てる能力を引き出し、
発揮させる職掌」として定義づけられている。
ひと頃、競って導入された“成果主義による目標管理制度”の評価項目に「コンピテンシー」がある。
直訳すれば“何かを達成する高い能力”であり、“その思考ないし行動の特性”という意味がある。
その特性に被評価者がどれだけ近づけたか、を判定尺度(たいてい文章で表現)でチェックするやり方  
であるが、優れたリーダー、とくにナルシスト的上司は、とかく自らの成果をベースとした、
“戦果の方程式”を動機づけの理由で部下にそのまま押しつけようとする。
「良い手本が君の傍にいるじゃないか。何でこんなことができないのか」と。
 しかし、その特性が常にオープンにされているか、といえばノーである。
そこにはいわく近寄りがたい“バリアー”(またはブラックボックス)があり、
部下の心中には“あきらめ”や“うわべの追従”しか浮かんでこない。

 再びMLBに話を戻そう。
エンジェルス(LAA)の赤いキャップをかぶったマイク・ソーシア監督は、
かつて名門ドジャースで13年間名キャッチャーとしてならし、
監督就任後12シーズンで6度チームをプレーオフに導き、
ワールドシリーズを1度制覇、最優秀監督に2度選ばれた知将である。
彼は自らの“バリアー”のみならず、マスクを通して両リーグのスタープレイヤーの
バリアー(ブラックボックス)を透視し、そのスキルを自軍選手の技量にモザイクのように組み合わせ、
多彩なスモールベースボールを編み出したことで知られる。
ちなみに、ソーシアの下でコーチをつとめ、そのコンピテンシーを受け継ぎ、
自らもスモール野球で成果を挙げているのは、先に挙げた「メジャー経験ゼロの二人の監督」である。
私は名だたるMLB監督の中にあってマイク・ソーシアこそ“名選手から名監督”の一人と呼びたい。

 最後に触れておきたいことがある。それはチームマネジメントに必要とされる「動機づけ」理論であるが、「他発的動機づけ」は“餌づけ”であり、決して長続きするものではないことを肝に銘じておくことである。昇給、昇格などによる依存関係は一時的で、いずれは自らの努力として転化してしまうだろう。
それに対して「自発的動機づけ」、いわゆる“やる気”の源泉は何だろう。
同じ働く場のみんなが、「こうなったら良いなあ。」とか
「ああすればもっと良くなるのに。」という“思いの共有化”(共感)であり、
“個の多様性を全体で包容する一体化”だと思う。
全体の底上げこそが持続的チームマネジメントだと考える。

 JECはこれを創設以来「生き活き職場の創造」としてスローガンに掲げ、その実現に努めてきた。
ひと文字で表すなら、それは「志」(こころざし)にきわめて近いものといえる。   

botton1.gif 2012.8.15

岩間 博史
JECファウンダー(産業カウンセラー)