荒木 直紀 JEC理事
2015.3.15

私は、25年ほど前から、練馬区の青少年育成委員のボランティア活動をしています。
この活動の一つとして、毎年秋にハイキングを行っています。
私の所属する担当地区の5つの小学校の3年生から6年生まで、希望者200人ほどを連れて、
武蔵嵐山渓谷の河原でバーベキューを行うのです。

ハイキングでは、1班を10人程度に編成し、各班に3年生から6年生を均等に割り振ります。
更に、班の中で最上級生を班長に任命し、自分の班の下級生の面倒をみること、下級生は上級生の云うことを聞き、ルールを守ること……、バーベキューでは、男子は“かまど作り”、女子は野菜や肉を切るなどの食材準備を行うことなどを
ルールにしています。

それにしても、「危ない」いう理由で、母親から包丁を使わせてもらったことの無い子供が多いことに驚きます。

ハイキングの目的は、新しい体験と同時にチームワークを学ぶことです。
200人もの小学生を1日、親御さんから預かるので、ケガや事故の無いように細心の注意を払いますが、それ以上に神経をつかうのは、
どうしたら電車の中で他の乗客に迷惑をかけないかを指導することです。
ハイキングの目的地、嵐山渓谷まで約1時間ほど東武東上線に乗って行くのですが、小学生が集団で、自分と同じ車両に乗ってきたら、「ウルサクて嫌だ」などと感じた経験が、皆さんにもあるでしょう。

これだけの人数の小学生を、1時間も、一般乗客に迷惑をかけないように静かにさせておくことは大変です。
必ずと云って良いほど、車両のアチラコチラで、大声で騒ぎだしたり、駈けずり回る子供がいます。
こんなとき、私たち大人は、つい、「コラ!他の乗客に迷惑になるから、静かにしろ!」と怒鳴ってしまいます。
これは“怒り”です。
しかし、この“怒り”は、「責任者が自分を弁護する心理」でもあります。

管理職の皆さん、職場で自分の部下に「何故、お前は、そんなことも出来ないのか、バカか!」などと云ったことはありませんか。
これも“怒る”です。
自分の気持ち(立場)を守るために“怒っている”のです。
感情にまかせて一方的に“ドヤシつける”のは、責任者自身にとっても効果的なのです。
激しく“ドヤシつける”ほど、自分を弁護できるからです。
でもそれは、「自己満足」です。
怒られた相手(部下)は傷つくか、敵意を燃やすばかりです。

一方、“叱る”は、子供のため、相手のために「いさめる=忠告」することです。
子供が、あるいは相手が、コチラの言葉をどのように受け止めるかを想像した上で、正しい方向に導くことが“叱る”ことです。
そのためには、正面から相手と向き合い、相手の心をシッカリと理解する必要があります。
叱る側にも、“叱る責任”がありますから、気まぐれやストレス発散のために、“叱る”ことはできません。

電車の中で騒いでる子供たちには、「何してるの!」と向かい合います。
「何で、そんな大声を出しているの」
「だって、嬉しくてたまらないんだもの」
「そうか、そんなに嬉しいの…。でもね、チョット周りの乗客を見てごらん」

このような会話を続けていき、迷惑をかけていることを、子供自身に気づいてもらいます。
これが“叱る”です。
“叱られた”子供は最後には「わかった」と云います。

毎年、行きの電車と帰りの電車では、子供たちの態度が変わります。
ハイキング疲れもあるでしょうが、帰りの電車で、子供たちは本当に静かです。
電車の中で大声を出すことが、周囲に迷惑をかけていることに、自ら気づくのでしょう。

最近、頻繁に未成年者による犯罪がニュースになっています。
犯罪を犯して少年院に送致される少年少女のほとんどに、大人への不信感が見られるようです。
その子供たちの多くは「親から叱られたことがない」、「親からホッタラカシにされていた」と云います。

一方で、過度に親の干渉が強いことで犯罪に手を染める少年たちもいます。
「一流大学に入り、医者になれ、そんなことでは、トテモ医者になれないぞ」と子供の気持ちを無視して、
親である自分の気持ちを押し付けています。
これは、毎日、“怒っている”のと同じです。
ついには、子供の感情も切れて、犯罪に走ってしまいます。

 群馬県足利市の教育委員会が、市内の高校生を対象に、現代高校生気質川柳を募集したことがあります。
テーマは、「父」、「母」、「先生」です。
2000点もの応募があり、優秀作品を選ぶため、全学校の生徒が投票したところ、ダントツの1位に選ばれたのが次の一句でした。

たまにはよ 叱ってみろよ 大人たち

子供たちは“叱られる”ことで、自分の存在価値を、愛されていることを、感じます。
子供をお持ちの皆さんは、親子の会話の難しさを日々感じていることでしょう。

親が子供を叱ることは、そのまま職場の部下、後輩を育てることに繋がっていませんか。
プロ野球の元監督である、落合、野村、バレンタインなどの各氏は、選手がミスをしたとき、決して“怒らなかった”そうです。
ミスを叱責するのではなく、「おい!どうしたんだ」と問いかけ、選手に自分で考えさせ、やる気を引き出していたそうです。
親と子、先生と生徒、上司と部下、先輩と後輩、全ての関係において、教える立場の者は、この“叱る”ことの大切さを知ることが重要なのです。

最近、私は某大手企業で、「叱り方研修」を行いました。
企業自身も“叱ること”の大切さを考えるようになってきたと感じています。