「相手を[受容]するとは」

 私が産業カウンセラーとして、ある企業の相談室で社員の相談に応じているときのことでした。
クライエントは30代前半の女性(Aさんとしておきます)で、初めての来談でした。
傾聴に徹し、彼女の悩み、状況を丁寧に聞いて行くことを心がけました。

「最近、睡眠は十分とれないし、食欲もあまりわきません。
 会社では何とか頑張って普通にしているようにしていますけど、
 とっても疲れています。」

お話しを聞いている限りでは典型的な“うつ”状態であり、このままいけば「うつ病」に移行するであろうと思いましたので、専門医にかかることを薦めました。
     (産業医は機能していない会社でしたので)
このあたりまではカウンセラーの私に心を開いて、いろいろ話をしてくれていましたが、あるやり取りを境に、クライエントである彼女の口が急に重くなってしまったのを覚えています。

Aさん
  「いまこんな状態になって感じるんですけど、鏡を見て、疲れているなあって!   
   ちょっと前まではもっと元気で、自分で言うのもなんなんですが、
   私、もっと綺麗だったんですよ!」
カウンセラー(私)
  「何 言っているんですか!今でも十分お綺麗ですよ!」

この言葉は素直に私の印象から出た言葉でした。
客観的に見ても美人と言える方でした。
 でも、このあとから彼女の口が急に重くなり、面談終了間際に、
 次回の面談の約束をとろうとしたところ

   「もう、結構です」

と言われてしまいました。
私には、その時には何が起こったのかわかりませんでした。
彼女を傷つけるようなことを言った覚えもありませんでした。

「何言ってるんですか、今でも十分お綺麗ですよ!」

この言葉が、何か引っかかったらしいことはわかりましたが、
綺麗だから綺麗と言って、なにがいけないのか? 
私は誉め言葉のつもりでした。

 Aさんは案の定、次回の面談日には顔を見せませんでした。
数日後、私のカウンセリングの指導者である先生にAさんとのやり取りを話し、
私の何がいけなかったのかご意見を伺いました。
 先生いわく、
  「Aさんは、あなたが彼女のことをどう見ているかを聞きたかったわけではなくて、
  “今は疲れ切っていて、以前の美しさを感じられない自分がいる。
   元気なころは、本当に自分でも思うほど綺麗だったのに、とってもつらい”と、
   その今の気持ちをカウンセラーであるあなたに受け止めて欲しかったのだと思うよ。
   それを、他人事のように“十分綺麗ですよ”と言われたもんだから、
  “あゝ、この人は私の気持ちを全然分ってくれない”と感じたのじゃないかな」

先生のこのコメントに、私は自分の未熟さを思い知らされました。
何気ないカウンセラーの一言が相手を傷つけてしまう、ということを身をもって体験しました。
 Aさんには、本当に申し訳なかったな、と今でも思っています。
 「受容」とは、
“クライエントの表明に評価や判断を加えず、無条件に受けとろうとすること” です。
この出来事をきっかけに、このことが、私のカウンセリングの質を高めることに
つながっていると信じ、努力している今日この頃であります。