「とても良くて、とても悲しいお話」

那覇の居酒屋で知り合った女性のお話しです。
彼女A子さんは、那覇でケーキ屋さんをしています。
居酒屋のカウンターで泡盛を飲みながら、色々な話をしました。

A子さんが突然、
「ちょっと待ってて!」
と言って、店を出て行きました。
どうしたんだろうと訝っていると、
しばらくして彼女は1本の日本酒を抱えてお店に帰ってきました。
後で分かったことですが、彼女の家は店の近くにあり、
居酒屋に内緒で、勝手に日本酒を持ち込んできたのです。
彼女は常連の客なので、店からは文句を言われないとのことでした。

「荒木さん、ちょっとこれ飲んで!
このお酒はとても意味のある特別なお酒なの」
とA子さんは、このお酒にまつわる話しを始めてくれました。
4年前のある日、A子さんの店に
痩せこけて、ヨレヨレの服を着た男の子(B君)が現れ、
突然、
「働かせてください」と言い出したそうです。
元々、世話好きで自分も高校生の息子がいるA子さんは、
彼の身なりを見て、咄嗟に
「お腹が空いているんでしょ。何か食べさせてあげるから、お入りなさい」
と家に入れ、食事を出してあげました。

沖縄県民は、“会う人は皆友だち”気質を持っています。
B君は、よほどお腹を空かしていたようで、
ものすごい勢いで食べたとのことです。


〈3日間何も食べていなかったそうです〉
彼が落ち着いたところで、A子さんが事情を聴くと、
B君は石川県の実家から家出をしてきたとのことでした。
B君は18歳、姉さんが一人いるのですが、
両親から
「おまえはお姉さんと比べて、勉強も他のことも何をやらせても出来が悪い」
と小さい時から言われ続け、親を大嫌いになり、
高校を卒業すると同時に黙って家を出てきたとのことでした。

事情を聴いたA子さんは、飲食店のアルバイトを見つけてあげ、
B君はそこで働くようになりました。
働き出してからも、A子さんは何かと彼の面倒を見てあげ、
B君もA子さんをお姉さんのように慕い、生き生きとした生活を
送れるようになってきました。

ところが3年たったある日、B君が彼女の家に来て
「僕、親孝行したくなったから実家に帰る」
と言い出したそうです。

A子さんは、
「両親はまだ若く元気で働いているのだから、
今帰る必要なんかないじゃない。
ちゃんと一人前になってから帰っても遅くないでしょ。」
と言いました。

でも彼はどうしても帰ると言い、とうとう実家に帰ってしまいました。
数ヵ月後、A子さんのところに、B君の両親から手紙が来ました。
なんと、B君が交通事故で亡くなったとの知らせでした。
彼の持ち物の中にA子さんの住所氏名が入っていたのです。

お姉さんの運転する車に乗っていて、事故に遭い、
お姉さんは助かったが、彼は亡くなったとのことでした。
A子さんは、手紙を読んでしばらくショックで、仕事も食事も何もする気にならず、
自分の子供を失ったような感覚になったそうです。
手紙では、親を嫌って家出した息子が見違えるように変わり、
話すこともしっかりとし、自信に満ち、
親を思う素晴らしい子供になって帰ってきたとのことで、
沖縄でどんな人に出会い、どんな生活をして変わったのか、
A子さんにぜひ会って、お礼を言いたいと書いてありました。

そして昨年末、ご両親が沖縄に来られました。
空港に迎えに行くと、なんとご両親だけでなく、親戚も含め10人以上も来られ、
びっくりしてしまったとのことです。
A子さんは、B君の沖縄での生活ぶり、働きぶりをご両親に詳しく話してあげたそうです。
その後、ご両親が度々この冷酒を送ってくださり、
それを飲むたびに、B君のことを思い出すそうです。

B君は、生まれて初めて自分の気持ちを素直に話せる相手ができたことで、
自分というものに気づき、自分の存在価値がちょっと分かってきたことで、
両親に対する感情が大きく変化したのだと思います。

人の心には3匹のタイが居ると言われています。
「認められタイ。お役に立ちタイ。誉められタイ。」(注)

「タイ」が受け止められない状態が続くと、人は気力が減退し、
そして自分の存在観を無くし、やがてメンタル不調になります。

B君は沖縄に来るまで、一度も両親から褒められたことがなく、
いつしか自分は役立たずな人間だと思うようになり、
自分の居場所がなくなってしまったのです。
A子さんに逢って初めて、自分が人として認められたと感じたのでしょう。
A子さん自身、話しをしていて、あの時なぜもっと強く
「実家に帰るな!」
と引き留められなかったのかと今でも悔やんでいます。

でもA子さんは、
B君は僅か20年ちょっとの人生でしたが、
最後は両親、親戚皆から惜しまれて亡くなったことで
悔いのない人生だったので……と思っています。
そして何よりも、ご両親の心に大きな影響を与えたことで、
B君の短い人生を価値あるものにしたと
作者自身が自信を持って言うことができます

(注)黒木安馬氏(人財育成コンサルタント 株式会社成功学会 代表取締役CEO)
   の言葉を引用させていただきました。

essay.png 2012.2.15

荒木 直紀   
NPO法人 日本EAPコンサルタント 理事